最新更新日:2024/05/10
本日:count up11
昨日:1009
総数:886589
校訓 天資養活 自他共栄  本校の特色を活かし、保護者や地域のみなさんと連携しながら、一人一人の生徒が「勇気をもって」一歩踏み出せる学校をめざします
出中 校訓
出中 校舎
砺波市立出町中学校
住所:〒939-1366
富山県砺波市表町18番29号
TEL:0763-33-2329
FAX:0763-33-2330

第179号 太く、大きく、書く

画像1 画像1
画像2 画像2
今朝の、生徒が登校する前の教室は、蓄熱暖房のおかげで暖かくなっています
わたしが某市の木造校舎の中学校へ通っていた頃からみれば、ずいぶん変わりました
教室の窓から雪が吹き込んで、教室の隅に雪が積もったこともありました
日直として重い灯油缶を運んでいる途中で灯油を廊下にぶちまけていた同級生がいました
だから、何だということはないのですが、今朝の暖かい教室の窓から、青空の下の立山連峰を眺めていると、ふと昔のことを思い出しました

出中生が登校し始めると、学校という大きな存在が、今日も目を覚ましたようです
そんな中、出中生は今日も様々な教育活動に取り組んでいます
国語科の授業、書写の学習では書き初め練習も始まっています
一字一字、呼吸を整えて本気で書いている姿を見ると、こちらも息が止まります
黒板には指導者からのメッセージが・・・

「新年にふさわしく」
「太く 大きく 書く」
「お手本を よく見て」

端的で、分かりやすいキーワードです
これが、
「新年にそぐわないような」
「細く 小さく 書かない」
「お手本を おろそかにしない」
と、書かれていたらどうでしょう

学生の頃、オートバイに乗っている知人からこんな話を聞きました
「十分に減速せずにコーナーへ突入してしまい、ふとその先に電信柱が見えたとき、「危ない!あの電信柱にぶつかったら相当危ない!!」と感じ、「電信柱にぶつかってはいけない!!!」と考えると、必ずぶつかるんだよなぁ」

部活動顧問としていろいろ悩んでいた頃、卓球の福原愛さんなどを指導された全日本のコーチからこんな話を聞く機会がありました
「試合の途中のコーチングで、「○○○なプレーをしたらあかんぞ!」と、選手に伝えるコーチがいます。そういうコーチングをされた選手は、だいたい○○○なプレーをします。そして、次にそういうコーチは、その選手に「だから、○○○なプレーをしたらあかん言うたやろ!!!!」と怒るんです。それは、あんたがそう言うたからや!!選手が悪いのではなく、コーチの責任です。」

人は「〜してはならない」と否定形で言われると、そのことを意識するために、その「してはならないこと」をしてしまうそうです
これは脳科学の話です
我々教師も、こういうことも意識しつつ、指導の際に発する言葉や、言葉かけに留意する必要があります
なかなかに難しく、終わりのない課題です
ついつい「◎◎してはいけない」とか、「くれぐれも◇◇しないように」と、周りに言いがちですから
これは、「〜しない方法」ではなく「〜する方法」を考えることや、「できないこと探し」ではなく、「できること探し」をすることともつながるように感じます

「太く 大きく 書く」「お手本をよく見て」

今日の国語の授業で、出中生は太く大きく、お手本をよく見て、文字をひとつひとつ「本気」で「根気」よく書いていました

第178号 定点観測

画像1 画像1
昨日、とある勉強会に参加しました
元文部省教科調査官と、元文部科学省教科調査官の二人をお迎えしての勉強会です
そのうちの一人は、勝手にわたしが師匠と思っている方だったので、この日の最優先案件でした
新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響で、直接お目にかかるのは2年ぶりほどだったでしょうか

勉強会の中
もう一人の元文部科学省教科調査官で、現在は大学教授をしておられる先生の話の中に、「教師は四者悟入」という言葉が登場しました
「四捨五入」ではありません

「教師の四者悟入」は、「学者+医者+役者+易者」であり、教師は4つの顔をもつというお話です

学者
生半可な教材研究では面白いわくわくする授業にはならない
→指導案を練り上げる 教材研究に終わり無し

役者
教壇は舞台
→指示の仕方、間の取り方等 集中させるためのスキルを磨く

医者
心の内が感情に表れているのは0.2秒 ※人間の視覚は1秒に4〜5秒のぱらぱら漫画
→いじめのサインを見逃さない意識

易者
命術、卜術、相術を総動員してよき微を探し求め励ます
→生徒一人一人のよさを探し、認め、励ます

教師生活が長いと、気付きの大切さについて実感を伴って感じることが多いです
意識して生徒たちと向き合っていないと、その変化に気付けません
気付けるような種まきや環境整備も必要でしょう
成長の変化、悩みの変化等、様々な変化を、数字で探ることも、生徒の書く文章で探ることも、教師の全感覚で直接探ることも、教師は悩み工夫しながら取り組んでいます
成長の気付きがあったときの喜びは、教師としてこの上もないものです
その代わり、気付けなかったときは、教師も大きく傷つきます

親や家族はもっとそうなのですが、教師にとっても生徒のことは決して他人事ではありません
出会った、縁があった、ただそれだけかもしれませんが、人間にとってそのことはとても大きいのです


気分転換に、雪に閉ざされた立山山頂をライブカメラで観ています
✳︎画像はJR9VQのライブカメラから
http://www.jr9vq.org/lcam/lcam.html

8月の様子と12月の様子を比べると、その違いはとてもよく分かります
12月10日と12日の様子を比べても、よく観ると違いがあります
定点観測は変化がよく分かります
「気付き」のための方法のひとつです

日による違いは、生徒も同じです
1日1日、変化し続けています
よりよい変化であればともに喜び、うれしくない変化であれば寄り添う
「言うは易し、行うは難し」ですが、最善を尽くすことが我々教師や周りのおとなの役割でしょう

今日の立山山頂の様子はどうだろうかと見てみると、ライブカメラのレンズに雪氷等がへばりついて様子を確認することができませんでした
一つの手段しかもっていない場合は、こうなりますね
残念
画像2 画像2

第177号 今年の漢字

画像1 画像1
画像2 画像2
11月1日(月)から12月6日(月)まで募集されていた「今年の漢字2021」の発表が、3日後の12月13日(月)に迫りました
この季節の風物詩になった「今年の漢字」は、今年も京都・清水寺にて発表されます

そして、本校第1学年のフロアには一足早く、1年生が選ぶ「今年の漢字」が掲示されています(※上の写真)
それぞれに興味深い漢字を選んでいます
見ているだけで、それぞれの想いが伝わってくる掲示です
本家の企画と違い、1年生の掲示は、「今年を振り返って」と「来年を目指して」のそれぞれ漢字1字を選んでいます
人それぞれ感じ方、考えの違いがよく分かります
上の写真の2段目は、個人的に惹かれた「今年を振り返って」2文字と、「来年を目指して」2文字です
「零」「輪」と「笑」「頼」
手書きの漢字からも書いた人の想いがあふれている気がします


ちなみに本家「今年の漢字」で過去に選ばれた漢字は、

2020年「密」、2019年「令」、2018年「災」、
2017年「北」、2016年「金」、2015年「安」、
2014年「税」、2013年「輪」、2012年「金」、
2011年「絆」、2010年「暑」、2009年「新」、
2008年「変」、2007年「偽」、2006年「命」、
2005年「愛」、2004年「災」、2003年「虎」、
2002年「帰」、2001年「戦」、2000年「金」、
1999年「未」、1998年「毒」、1997年「倒」、
1996年「食」、そして1995年「震」です

1995年から始まり、毎年年末に1年の世相を表す漢字1字が、全国から募集されています
そして、最も応募数の多い漢字を12月12日(いい字いい字)の「漢字の日」にちなんで、京都・清水寺で森清範貫主の揮毫により発表されています
※今年は12月13日のようですが・・・
そして、1年の出来事を清めるとともに新年が明るい年になることを願い、清水寺にて奉納の儀式が行われています

さて、2021年の1文字は何でしょう?
わたしの漢字1文字は、「化」でしょうか

理由は、・・・秘密です

第176号 支え

画像1 画像1
画像2 画像2
保健体育の授業で、柔道の学習が始まっています

文部科学省は平成20年3月28日に中学校学習指導要領の改訂を告示し、中学校の保健体育科において、武道・ダンスを含めたすべての領域を必修とすることとしました
武道は、武技、武術などから発生した我が国固有の文化です
相手の動きに応じての基本動作や基本となる技を身に付け、相手を攻撃したり相手の技を防御します
そして、勝敗を競い合う楽しさや、喜びを味わうことができる運動です
また、武道に積極的に取り組むことを通して、武道の伝統的な考え方を理解し、相手を尊重して練習や試合ができるようにすることを重視しています
平成24年度から全面実施となり、1年生と2年生で「体つくり運動」「器械運動」「陸上競技」「水泳」「球技」「武道」「ダンス」「体育理論」の8領域すべてが必修、3年生では「球技」と「武道」のまとまりから1領域以上を選択して履修することになっています
「武道」の中で、「柔道」「剣道」「相撲」のうち、どれを選択するかは各中学校の判断に任され、地域的特性により、「弓道」「なぎなた」等、他の武道を選択することもできます

本校では、柔道の学習を選択しています
柔道の経験がない保健体育科の教員が柔道の授業を受け持つ場合、柔道の特性から、安全面を考慮した指導が最も注意すべき点です
今年度は本校に柔道経験者(教員)がいますが、サポートとして外部講師の方にも指導いただいています
学校事故で柔道の授業中の事例が報告されているので、安心・安全を基盤とした学習を保証することは大切です
新型コロナウイルス感染症感染予防の対応も含め、安全を確保しながら、出中生がこの学習のねらいを達成できるよう、留意していきます

保健体育の柔道の授業に限らず、本校には多くの方が来校され、教育活動を支えてくださっています
ALT、スクールサポートスタッフ、心の教室相談員、学校司書、スタディメイト、少人数支援、外国人相談員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、等々・・・
わたしが中学生だった頃にはおられなかった方々です
それだけ学校教育に対して手厚くなったということか、それだけ教職員だけでは対応できない状況になっているのか、・・・

とにもかくにも、多くの方々の支えが出中生の成長を支え、見守っていることに間違いはありません
当然、保護者のみなさんや地域のみなさんの支えがあってこそです
ありがたいことです

第175号 毒味係

画像1 画像1
新型コロナウイルス感染症について、オミクロン株が世界中で感染を拡げ、その正体について世界中の科学者が調査中です
県内では感染者数0が続いている状況ですが、本校では三密回避、手指消毒、マスク着用などに留意しながらの教育活動が続いています

その中のひとつとして、給食での黙食を継続しています
職員室で給食をとる教職員も、黙食です
わいわいしゃべりながら給食を食べていた頃が懐かしく思い出されます

ただし、ある役割を課せられた者は昔から黙食をしていました
そうなってしまう状況だったと言えます
それは必ずしも校長の役割ではないのですが、学校給食に「検食」という仕組みがあるからです
給食時間よりも早い時刻から給食を食べ始めなければならないので、自然と黙食になるのです
周りはまだ仕事をしていますので・・・

教師なりたての頃は、「管理職は早めに給食を食べられて、暇なのか?」と、思っていました
「こちらはお腹を空かせて、4限目も12時半頃まで授業をしているのに・・・」と思っていたこともあります
しかし、その考えは、過去のわたしの間違いです
お恥ずかしい・・・
ある日、「この後、昼からの出張があるのなら、今日はあなたが『検食』することとして早めに食べなさい」と、言われて初めて「検食」の意味を知りました

「検食」とは、言い方を変えれば「毒味」です
給食の中に健康を害するものが混入していれば、真っ先に体調を崩す役割です
わたしが勤務した学校では、校長や教頭など、管理職がその役割を担っていることが多かったです
本校では、4月からほぼわたしが「毒味」をしています

江戸時代にも殿様のための「毒味役」の武士がいました
江戸城の大奥にも将軍夫人のための「毒味役」がいました
夫人の食事は、10人前を調理させていたとのことです
10人前御膳を用意すれば、毒殺者は10人前のすべてに毒を盛らなければならず、毒殺は難しくなるとの考えです
10人前のうち2膳が毒味に回され、残った8膳のうち3膳が将軍夫人の前に出され、将軍夫人はその3膳の中からひとつを選び、箸をつけていたそうです
ちなみに、将軍夫人が箸をつけなかった9膳は、お付きの当番がみんなで食べていたようで、このやりかたのために、庶民が食べられない美味しい料理を食した人がいたわけです
命がけではありますが・・・
そう言えば木村拓哉さんが出演した、藤沢周平氏原作「武士の一分」の映画では、優れた剣技を生かされることなく毒見役の職を務める小侍の三村新之丞貝(木村拓哉)が毒にあたって失明します

砺波市学校給食センターでは、念には念を入れて安心・安全な給食を提供いただいているので、わたしは毎日安心して「検食」をしています
ありがたいことです

今日も、ごちそうさまでした


※検食に関する法律

学校給食法(昭和29年法律第160号)第9条 第1項の規定に基づき、学校給食衛生管理基準が定められて施行されています

学校給食衛生管理基準
第3 調理の過程等における衛生管理に係る衛生管理基準
1(6) 検食及び保存食等
ア 検食
一 検食は、学校給食調理場及び共同調理場の受配校において、あらかじめ責任者を定めて児童生徒の摂食開始時刻の30分前までに行うこと。また、異常があった場合には、給食を中止するとともに、共同調理場の受配校においては、速やかに共同調理場に連絡すること。
二 検食に当たっては、食品の中に人体に有害と思われる異物の混入がないか、調理過程において加熱及び冷却処理が適切に行われているか、食品の異味、異臭その他の異常がないか、一食分としてそれぞれの食品の量が適当か、味付け、香り、色彩並びに形態等が適切か、及び、児童生徒の嗜好との関連はどのように配慮されているか確認すること。
三 検食を行った時間、検食者の意見等検食の結果を記録すること。
画像2 画像2

第174号 懐かしい来訪者

画像1 画像1
給食後のお昼の時間に、本校にとって懐かしい来訪者がありました

本校を卒業した高校生です
進学先の実習で栽培した野菜を販売するために来校してくれました

「生産者からの直接販売ですから大変お買い得ですよ」

流通のことも説明に加えて、きれいに育てた野菜を上手に紹介していました

説明通り、消費税込みの大変魅力的な価格でした
単純に安く買えたことだけではなく、出中の卒業生が育てた、そして持ってきてくれた、ということがうれしさを増幅させます


卒業生が進学先や、就職先で活躍する姿を見たり、聞いたりすることは、教師にとってうれしいことです
教え子が教師になって、同じ職場で働くこともあります
教え子が外部講師として、学校へ来てくれることもあります
教え子の子供が入学してくることもあります

しかし、みんながみんな、思い通りの人生になることはなく、悩んだり苦しんだりしている状況を聞くこともあります
時には、相談にのることもあります

それらもすべてひっくるめて、毎年、多くの未来の輝く存在に出会える教師になって、わたしはよかったと思っています

そのことを今日の来訪者が再確認させてくれました
今日のみなさんが中学時代に、わたしは直接出会ったわけではないですが、出中の卒業生ということで、親近感をおぼえるから不思議です

ありがとうございました
さっそく今日、家で食べてみます

第173号 花ひらく

画像1 画像1
朝の読書の時間を利用して、学校司書の読み聞かせが行われています

限られた短時間の中、この時間は本気で話の世界に入り込んでいます
話を聴いた後、担任から感想を問われたり、級友同士で物語の感想を述べ合ったりすることは大切です
授業もそうですが、情報を受けるだけでなく、発信することが大切ということです

静かな雰囲気の中で物語に没入する、そして、その物語についてわいわい話す
日本的なメリハリのある読み聞かせも、生徒一人一人の未来に花を咲かせられると思います
それぞれの対象者にあったやり方はあるでしょうから、教育も試行錯誤の連続です
生徒一人一人の花はいつ、どのように咲くか分からないですが、たくさん種をまいて、養分をたっぷりやって、そのときを楽しみにしています
直接、花が咲く姿を見られなくても、それは仕方ありません


校長室の机上の新しい一輪挿しに、今朝ベコニアを生けていただきました
咲いた花が少ないこの時期なので、なおさら可憐に感じます

可憐な「生(せい)」の輝きを眺めつつ、受賞報告で校長室を訪れた生徒の姿を思い浮かべます
お客様が来校されたので、今日来てくれようとしていた二つの団体の報告が明日に延びてしまいました

女子バスケットボール部、女子ソフトテニス部のみなさん、ごめんなさい

明日の報告を楽しみにしています
画像2 画像2

第172号 さりげない

画像1 画像1
出町中学生と接していると、さりげない「こころくばり」を感じることがあります
大人びているというと、生徒たちに失礼になるかもしれませんが、しばしば中学生らしくない振る舞いが見られるのです

今朝も登校してすぐ、教室へ向かう前に用事で職員室へ寄っていく出中生がいます
その際、カバン等をおいて入室しますが、職員室前に持ち物を置くスペースはあまりありません
中学生ほどの年齢であれば、職員室前の廊下であればどこにでも置いていきそうなものですが、出中生は校長室前ということを意識し、そこへは置きません
少し離れますが、階段付近の非常シャッターの壁あたりに置いたり、印刷室の出入口の横に置いたりします
これは当たり前のようであって、そうではありません
さりげない「こころくばり」ができる出中生であり、家庭や地域で身に付いた姿でしょう
家庭力、地域力を感じます
砺波の素晴らしさのひとつです
画像2 画像2

第171号 体験授業

画像1 画像1
11月24日に出町小学校6年生のみなさんを迎えて実施した「中学校体験授業」
本日は、砺波南部小学校の6年生を迎えました
短い時間でしたが、数学と美術の授業を体験してもらいました
少しは中学校の雰囲気を感じてもらえたのではないでしょうか

未来の出中生
来年の4月を楽しみに待っています
今のうちに、小学校での学習内容をみっちりと吸収しておいてください
中学校の学習を先取りする必要はないと、わたしは思います

中学校に入学したら、「あれ?これは小学校でも学習したかも」と感じる学習内容もあります
小学校6年間、中学校3年間で、我が国の義務教育は修了です
この9年間で、繰り返し巻き返し同じような内容を違う角度で学習し、学びを深くしています

同じことであっても、何も知らなかったときと、何かを学んだ後では見え方が違ってくることがあります
経験したことで、以前感じなかったことを感じることがあります
今、目の前の学習に本気で根気よく取り組むことで、4月からの中学校での学習がより意味のあるものになるでしょう

昨日から今朝に書けて荒れた天気でしたから心配でしたが、砺波南部小学校のみんながやってくる頃は、雨も上がってくれました
立山室堂も青空が広がっています
立山黒部アルペンルートの営業が終了し、足跡が見られなくなりました
異次元の世界です
この時期や厳冬期に、一度室堂へ行ってみたいものです
実際に行ってみないと分からないことも多いでしょうね
子供もおとなも、体験して分かることは多いです

下の写真は立山黒部アルペンルートライブカメラからの画像です
https://www.alpen-route.com/live_camera/murodou.html
画像2 画像2

第170号 ほめる

画像1 画像1
昨日、本校で砺波市内の小中学校から各校1名の担当者と希望者による、「ICT活用研修会」が開催されました
今年度から児童生徒一人に1タブレットの環境が整い、市内の小中学校でも、本校でも教育活動での活用について、試行錯誤しながらよりよい方法を探っている状況です
市内小中学校での教育活動がより充実したものになるように、研修を重ねている砺波市教育委員会が進めるICT兼任研修会とも兼ねた研修会で、講師として放送大学教授の中川一史先生をお迎えしました
兼任研修会のメンバー以外の市内の先生方も多く参加できるようにと、授業等への影響が少ない15時からの研修でした
オンラインでの参加者もありました

せっかくこの分野での第一人者である中川教授をお迎えするので、少し早めに来校いただき、本校の授業の様子を観ていただくことができました
中川教授からは、「どの学級も学習の雰囲気が落ち着いていますね」と褒めていただきました
ありがたいお言葉です
教師も積極的にICTを活用する意識があり、大きな伸びしろ部分をご指導いただきました

褒めていただく
ご指導いただく

短い時間でしたが、その時間以上に充実した、わたしにとってうれしい機会になりました

さて、わたしはなぜうれしくなったのでしょう
第一人者の中川教授からいただいた言葉だからでしょうか
中川教授のおかげで、モヤッとしている部分がクリアになったからでしょうか
本校の生徒や教師のよいところを褒めてもらえたらでしょうか

よく、人を育てるには褒めなさいと言われますが、褒めると言うことはとても難しいと感じることが多いです
今回の中川教授の言葉とわたしの感情の関係を考えていると、数年前に新聞記事になっていた脳研究者の池谷佑治さんの話を思い出しました

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(略)
長女が4歳になるまでの成長を本にしました。
「脳研究者って、そうやって子どもの成長を見るんですね」と言われて初めて、多くの人は僕のような視点で子育てを捉えていないと気付きました。
僕は脳研究者の視点からしか娘を見ることができません。
熱心に絵を描いていたら「頑張って描いていてえらいね」と行為をほめるのではなく、「この絵、好きだなあ」と作品をほめないと、娘の脳が「ほめられたいから私は絵を描いているのかな」と誤解してしまう!と。

子どもの成長過程は狩りの時代から変わりません。
人類にとって不変のものだから、娘たちが大人になって社会が変わっていても、僕の書いた成長の記録は娘たちの心に響くと思っています。
(2017年12月17日付 東京新聞朝刊)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記事を読んでからも、わたしは行為で褒めてしまいがちです
中川教授は学校の学習に向かう雰囲気を褒められました
行為ではありません
わたしがうれしかったことと、このことは関係があるような気がします


蛇足
書籍名:「パパは脳研究者」
著者:池谷 裕二
出版社:クレヨンハウス (2017/8/10)
画像2 画像2

第169号 食欲の・・・ もう冬

画像1 画像1
画像2 画像2
砺波市学校給食センターから講師をお招きしての学校給食巡回指導の1日目でした
今日は、2年3組と5組が、「朝ごはんを食べよう」のテーマで学習しました
生徒が食に付いての関心を高めるだけでなく、栄養教諭、学校栄養職員が給食の状況を把握することも目的となっています
学校給食は生徒たちの成長にとってとても大切なものとなっています

以前、他市の学校に勤務しているとき、学校栄養士さんに尋ねたことがあります
「我々おとなにとって学校給食の摂取カロリーは、どのくらい多いのでしょうか?」
そのときの回答は今でも明確に覚えています
「先生・・・おとなは生徒の半分で十分ですね」
衝撃的でした
生徒と争っておかわりしていた若かりし頃
教員歴が長くなり、身体をあまり動かさなくなっても生徒たちと同じ量の給食を食べていた状況
いろいろと走馬燈のように頭を巡りました(※大げさですね)

そして本日、定期的に診てもらっているお医者様から、
「毎日三食はしっかり食べなくてはならないけど、ごはんは100gだな」
とご指導いただきました
生徒にも求めている自主・自律が、わたし自身にも試されています・・・

そんな今日の給食は、「呉西(ゴーセイ)な日!!の給食」
富山県の呉西地区、6市でとれた食材を特別に組み合わせ、呉西(ゴーセイ)な給食が実施されました
いつもの牛乳の他に、
1 ゴーセイなメンチカツ
2 ハトムギ入りしそごはん
3 氷見うどん汁
4 枝豆サラダ
5 6市ミックスゼリー
写真は、砺波市給食センターのホームページで観ることができます
リンクはこちら ※[お知らせ]11月30日の給食【呉西(ゴーセイ)な日!!給食】
砺波市の食材として、リンゴ果汁、タマネギ、たかはたポークが使われていました

ごはん、100g以上ありました

第168号 それ、ぎりぎり かも

画像1 画像1
今朝は放射冷却現象もあって、冷えました
今日は燃えないゴミの日で、地域のゴミ収集場所へ行くと、シートに付着した水が凍っていました(写真1)
わたしはこの冬初めて氷が張ったところを見ました

出勤して、出中生が登校してきたので何人かに、「途中、凍っていませんでしたか?」と尋ねてみましたが、回答はすべて「いいえ」でした

小矢部と砺波での、ほんの少しの気温差が、氷を張らせるか張らせないかのぎりぎりのところだったようです

そのような寒い中、登校した出中生を迎えていたのは期末考査(3日目・最終日)でした
校舎内は外の冷え込みがうそのように熱気を感じます(※暖房の影響が大きいか・・・)(写真2)
最後の教科を終えて、ほっとする出中生の表情を見ると、自分の昔を思い出します
出中生のみんながほっとする気持ちが想像されるだけでなく、それはみんなが本気で根気よくやりきったための充実感・達成感かもしれません

ただし、定期試験は試験までの取組、試験中の取組がすべてではないことを、再確認しておきましょう
試験はテスト、つまりチェックです
自分はどの程度学習内容を理解できているか?学習したことをどれだけ活用できるのか?などのチェックです
だから、チェックして終わりということではなく、返された答案、つまり、チェックの結果をどう未来に活用するかが重要です(※健康診断の結果で異常が判明したとき、「ああそうか」と放っておくことはいないでしょう?)
チェックの結果は点数として表されていますが、それはあくまでも今回のチェックにおける、自分の学習に関する理解度を示しただけのものです
100点満点中の100点満点であれば、自信をもって次のステップに取り組めばよいです
50点であれば、正答とならなかった今回の試験の50%は何かを見極め、達成できなかった50%の改善に取り組むチャンスです
0点であれば、本当にすべてが分からなかったのかを見極め、やはり達成できなかった問題の改善に取り組むチャンスです
100%を目指すこともあるでしょうし、段階的に80%を目指す場合、50%を目指す場合もあるでしょう
それは、過去の自分と今の自分との相談であり、未来の自分に対するメッセージにもなります
もしかしたら、100点も、50点も、0点も数字で見えるほど、差はないかもしれません
ちょっとしたきっかけで、試験の点数が大きく変わった人を何人も見てきています
今いるのは、次の段階へステップアップするほんの少し手前かもしれません
特に、「自分なりに、本気で根気よくがんばってきたのに・・・」と感じている人はなおさらです
残念ながら、学習や技能などは、一朝一夕には身に付かないです
いや、残念ではなく、それだからよいのかもしれません
時間をかけることで、その分確実に自分の一部になっていくとも言えるからです(※単に時間をかければよいと言うことではありません 漠然と時間を使っただけではダメです)
数字の結果が大きく違っていても、それは数字ほど大きな差がなく、「ぎりぎり」の違いかもしれません
大切なことは、今何をすればよいか自分でよく考えて、本気で決めることだと、わたしは思います
すべて自分の人生なのだから

校舎3階から、雪をかぶった立山連峰が見えました(写真3)
ライブカメラで室堂周辺をのぞいてみると、やはり、別世界でした(写真4)
ちなみに、雄山山頂カメラは、凍り付いていて風景が見られませんでした
残念

第167号 1994.11.27

画像1 画像1
27年前の明日、1994年11月27日
この日をわたしは忘れません
愛知県の当時中学2年生 大河内清輝さんが亡くなった日です
それは、日曜日の夕暮れ時でした

彼の書いた便せん4枚の文章は、何度読んでも胸が張り裂けそうで、つらくなります
しかし、わたしは教育に関わるものとして、そして父親として、毎年読まなければならないと思っています

清輝さんの文章をここで紹介することはしません
ただ、当時、清輝さんの父、大河内祥晴さんが全国の子供たちへ発信されたメッセージを紹介します

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
清輝と同じように人に言えない苦しみをもっている子供たちへ
清輝のお父さんより

今、私は清輝がなぜあんなに苦しみ悩み、つらくてしかたがないのに、一人で心の中に閉じ込めてしまったのかをずっと考えています。

今、清輝の悲しい出来事で、学校の生徒をはじめいろんな所でいろんな事をしようとしています。
しかしこれは君たちのつらさを本当にわかっているのだろうか、助けてやれるのだろうかと悩んでいます。
それは君たちの本当の気持ちをわかってやっているのだろうかとの疑問からです。
清輝が何を思っていたのか・・・
僕にも弱いところがあった。
だからそれを言うのは恥ずかしい。
お父さんお母さんに言っても本当に助けて、守ってくれるだろうか。
言ったらクラスの子や先生はどう思うだろうか・・・。
そんな事をいろいろと私は考えています。
今、私はできれば清輝についていきたい。
清輝もやっと背が大きくなってきたなあ、これならお父さんをすぐ追いこしてくれるなあ・・・
この彼がいなくなった悲しみは、君たちならわかってくれるとおもいます。

今、清輝のことが国中で話題にされ、大きな事をしたと慰めてくれる人もいますが、私は彼が何もしないでも、何もできなくても、ここに一緒にいてくれる方がよっぽどうれしい。
まだいろんな事をしたい。
おばあちゃん長生きしてください。
おじいちゃんありがとうといいのこすなら、なぜ、こんなことをしたのか。誰も心の中では良い事をしたとは思っていないよと、叱ってやりたい。

このくやしい、悲しい気持ちをわかってもらえるだろうか。
君たちがぼくも清輝君のようになにかをのこして皆にわかってもらおうと思ったら、それはとんでもない間違いです。
つらさにじっと耐えている君たちならわかってくれると思いますが、同じ苦しみ、いやもっと大きいつらさをお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、兄弟、友達に残すことになるんです。
君たちはもっと大きくなれるんです。

この苦しみをなんとか乗り越えて欲しいという願いで一杯です。
今こうして書いている間も清輝の本当の気持ちが、わかってやれるだろうかと思っています。

おじさんのこの苦しさを少しでも助けてやろうという気持ちがあれば手紙で今の気持ちを、なぜ人に言えないのかを教えてください。

大河内 祥晴
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

祥晴さんは、自宅の住所を公開してこのメッセージを発信されました
この反響は大きく、日本全国から千通以上の手紙が届いたそうです

わたしは清輝さんの思いを想像します
わたしは祥晴さんの想いを想像します

想像の先に、わたしたちが今できることのヒントがあるはずです

第166号 掲示

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
教育活動の様子を観るため校舎内を回ると、授業で本気で根気よく、元気に取り組む出中生の姿が多く見られます
今日は期末考査1日目ということもあるのか、いつもより少しおとなしめかな・・・とも感じますが、それぞれにがんばっています

校内を回ると、廊下に多くの掲示を見ることができます
3年生の学級の前には修学旅行のレポートが掲示してあります
1日目のラフティングは、非日常であり、多くの生徒に印象に強く残っただろうと思ってレポートを読み進めると、結構2日目の農村体験や、1日目夜の清水氏の講演のことを書いている生徒が予想以上に多かったです
本日、本校で定期的に行っているキャリア教育委員会でもそのことについて意見が出されました
新型コロナウイルス感染症感染拡大により、多くの制限のもとで実施した3年生の修学旅行でしたが、生徒たちの本気の学びもあり、教育効果を感じることができました
レポートを読んでも、やはり本物との出会いや、体験は生徒たちに強い刺激を与えてくれることを再確認しました

2年生の学級前には期末考査の対策問題が掲示されています
学年委員会が工夫して取り組んでいます
自分たちで自分たちの集団を向上させようとするチャレンジは、多くの学びをもたらせます
学年委員だけでなく、学年委員をフォローする学年一人一人もそうです
集団力の向上です

正面玄関には般若中学校のみなさんから届いた礼状が掲示されています
学校の枠を越えて協力しながら自分たちの力を伸ばすことのありがたさを感じられます
自分の知らないところで思いがけずつながっていたり、助け合ったりしていることはよくあることです
出中生の中にも、この掲示を見て何かを感じる人がいるでしょう

出中生の活動する姿だけでなく、校舎内の様々な掲示物を見ながら、未来の成長した出中生を想像します

※1年生の掲示を今回紹介できず、ごめんなさい 1年生もがんばっています

第165号 空模様

画像1 画像1
画像2 画像2
朝学校に着くと出町中学校の上空には、真っ青な空、真っ白な積乱雲、そして白い月の姿がありました
つい先日、ほぼほぼ皆既月食だった満月の月も少しずつ欠けています
強風や強い雨を降らせた鉛色の分厚い雲は、さっと流れて青空を見せています
時は流れているということと、どんなに厚い雲があってもその上には青空と太陽が輝いているということを実感した朝でした

出中生たちにとってはそのような悠長なことを言っていられない朝だったかもしれません
廊下で、登校中の強風によって傘がひっくり返ってしまい、その処分に困っていた○○さんと会いました
被害は傘だけで、けがやその他の不都合もなく、ほっとしました
折れた傘は危険だったので、本人了承のもと資源ゴミとして預かりました
大変でしたね、○○さん
びっくりしたことでしょう

○○さん以外でも登校中に被害があった生徒はいないか心配し、確認しましたが、わたしのもとにそのような情報はなく、少し安心しました

昨夜は雷と強い風が荒れ狂っていたので、心配していたのです
気象庁から、砺波市には強風注意報、雷注意報が発令されています
警報ではなかったので大丈夫だろうという気持ちもありましたが、不安だったのです
今後、ますます今回のように冬型の気圧配置となって荒天になる日が増えると予想されます
特に警報が発令された場合は、登校に際して十分安全に留意しなければと思います
保護者、地域の皆様にもご協力お願いいたします

第164号 みること

画像1 画像1
画像2 画像2
画像3 画像3
11月19日(金)は「ほぼほぼ皆既月食」が学校からも観られました
出中生は、下校時刻を過ぎていたので、家や帰宅途中に観たかな?

わたしのスマートフォンはただ今、使用月数が69ヶ月目と、かなり古く、既に保証期間も過ぎています
こういう事情なので、カメラの性能もそれなりです
上の写真を見ていただければ分かりますが、手ぶれを極力抑えつつ(※三脚を使えばいいのですが・・・)、何とか撮ってこの程度です
近視・乱視・老眼のトリプルパンチ肉眼であっても、何とか脳裏に焼き付けるべく凝視しました
三段目は、ちょっとよいカメラの画像をお借りしています

月の姿
ほぼほぼ皆既月食である、部分月食の月の姿
肉眼で見た月の姿
使い古された性能の劣るカメラで撮影した月の姿
高性能カメラの月の姿

どれもみんな一つの月の姿なのですが、その見え方、見ての感じ方は様々です

3階の、生徒のいない普通教室から観る月の姿
グラウンドの照明越しで観る月の姿
暗い駐車場で観る月の姿

これも、それぞれ違います

不思議なものです

毎日、接する生徒たちの姿はどうでしょう?
我々教職員は、どのようにみることが、生徒のためになるのでしょうか?

ちなみに、地球から見える月は、月の公転周期と自転周期の関係で、ほぼほぼ同じ面、いわゆる月の表しか観ることができません
宇宙船や探査衛星によって裏を観ることができたのは、人間の知恵と技術の結集です

部分月食を観ながら、出中生の姿を思い浮かべました

第163号 純粋にうれしい

画像1 画像1
このホームページの記事だけでなく、校長室の前にプチ掲示板を置いて、アナログでもいろいろと発信しています
「天資養活 自他共栄」の校訓のもと、今年度の本校教育の重点目標は、「何事にも 本気で取り組む 生徒の育成」です
本気で取り組むとは具体的にどういうことか
生徒が本気で取り組んでいると分かる具体的な姿は何か
そのことをイメージしつつの発信です

生徒たちがじっとこのプチ掲示板を見てくれている姿を見ると、うれしくなります
掲示物について、校長室前で何人かでわいわい話している声が聞こえると、うれしくなります
教職員から、「この前の文章は、胸がキュンとしました」と感想を言われると、うれしくなります
「校長先生、これってどういうことですか?」と、生徒から直接問われると、もっとうれしくなります

そして、うれしくなると、一段とやる気がわいてきます

「愛の反対は憎しみではない 無関心だ」とマザー・テレサは言いました
彼女の弁を借りれば、「関心をもたれる中に、愛がある」とも言えます
愛されると人はがんばれるのです

現在掲示しているのは、パブロ・ピカソ氏と竈門炭次郎氏の言葉です
画像2 画像2

第162号 説明すること

画像1 画像1 画像2 画像2
青空の下、3階、3年教室の前のベランダに天体望遠鏡がぽつんと立っていました
何でだろう?と思っていたら、3年生がやってきて周りを取り囲みます
どうも、太陽の黒点を観ているようです
わたしも観せてもらうと、小さいですがいくつかの黒点を確認できました

投影板に映る像を観て、「これ、本当に太陽なのか?」との発言が出ます
○○さんの疑問はごもっとも
空に浮かんでいる太陽がどうして投影板に映っているのでしょう・・・
「え?どいうことですか?」との教師の問い返しに、「月に見えるじゃないですか」と○○さんは答えます
この発言に対する教師の反応は割愛しますが、○○さんの疑問はどこから来るのでしょう
太陽は見ることができないと考えているからでしょうか?
丸いものは月だと考えるからでしょうか?
投影板に映る像が、夜空に浮かぶ月のように見えたからでしょうか?
おもしろいですね
 ※分からないことを、自然に聞ける学習環境もすばらしいです、出中生!
このあたりを問い返しながら、頭の中で何のモヤモヤや考えていることを、本人に言葉として変換させてあげると、○○さん自身に気付きが生まれる可能性があります

これはスポーツでもある話です
スポーツ選手は自分のプレーを感覚でとらえていることが多いです
そのために、よいプレーであっても、どうしてそのプレーができたのか分からないことがあります
思い通りにならなかったときも、なぜそのようなプレーになってしまったのか分からないときがあります
このとき、そのときのプレーを言語で説明することで、頭の中で自分のプレーを整理できます
整理できれば具体的に次に生かすことができます
よいプレーは再現性が高まりますし、思い通りにならなかったプレーは改善できます

では、どうすればよいのか??
この方法の一つがインタビューだそうです
自身のプレーを解説するとか、インタビュアーの質問に答えることで、自分のプレーを客観的にふりかえり、頭の中で整理できるという訳です
コーチングもそうです

これは、学習も同じですね
誰かに説明することや、誰かに教えることは、結局自分自身の理解を確実にすることにつながります
教師も授業で生徒を指導しながら、教科の学習内容について理解を深めている部分があります

出中生のみなさん
誰かに質問されたら積極的に答えてあげると、自分の理解がより確実になりますよ
相手に理解しやすいように説明・解説することは、理解がより深くなりますよ
分からなかったら質問しましょう
より分かりたかったら質問を受けましょう

やはり人間は、支えながら生きていくように設計されているのかな

そして、夢を語ることの大切さにも通じている気がします
この話はまた別の機会に

第161号 学び

画像1 画像1
本日、若手教員研修「2年次教員研修会〔授業研究〕」が本校で開催されています(西部管内)
富山県に採用された2年目の教員を対象に、教員としての責務や心構え、教育活動に関する研修を行い、使命感を養うと共に、指導力の向上を図ることをねらいとしています
砺波市はもちろん、小矢部市、南砺市、氷見市から17名の参加です
本校の2年次教諭の授業を参観した後、授業を中心にして教科指導について研究協議を行い、最後に西部教育事務所の指導主事様から指導助言をいただきます
生徒たちは、教師も日々がんばっていることを感じたかな・・・

僭越ながら、はじめに激励の言葉なるものを話させていただいたのですが、研修会参加者の姿を見ていて、昔の自分のことを思い返しました
わたしの2年目は、もう、ひどいものでした
そのため、同窓会等で当時の生徒に謝ることが多いのですが、あるとき当時とても元気だった卒業生に言われたことが、今もとても印象に残っています
「謝らないでほしい 自分たちにしたら、新採も、2年目も、ベテランも関係なく、先生は先生だから」
蛇足ですが、「自分は、先生の授業だけは寝なかった いちいち起こされていじくらしかったからな」とも、言われました
訳も分からず、必死にやっていたことを思い出します

国語教師であり国語教育研究家だった大村 はま 先生は「子供というものは、身の程知らずに伸びたがっている存在だ」と言われました
化学者の大村 智 先生は、地元での理科教師の夢を果たせず、東京で定時制高校の教師になった際、学業に熱心に励む生徒の姿に心を打たれ、今一度自らも学ぶことを選択し、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞されました
「学ぶ者だけが教える資格がある」と言われます
二人の大村先生の言葉から、「身の程知らずに伸びたがっている」のは、決して子供たちだけではなく、学ぶことに教師も生徒も関係ないですし、年齢なども関係ないと思わされます

そのことを再確認させてもらいました

第160号 あいさつ

画像1 画像1
今朝からPTAの「あいさつ運動」が始まりました
19日(金)までの4日間、地域コミュニケーション委員会を中心に、PTA会員のみなさんがお忙しい中、活動してくださいます

「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
「おやすみなさい」
「お元気ですか?」
「よおっ!!」・・・

これらはみんなあいさつです
あいさつは大切だと言われます
わたしも小さい頃から、さんざん周りのおとなから言われ続けました
幼い頃は言われるからやっていたようなもので、あいさつのよさについて実感をもって理解できたのはおとなになってからかもしれません
そして、今は出中生にもあいさつを当たり前にできる人になってほしいと思っています
勝手なものです

あいさつするのは当たり前のこと
あいさつできないことは恥ずかしい
とにかくあいさつができないことはダメ
・・・

これらはあいさつの大切さの説明になっていません
あいさつの大切さは人それぞれ違うかもしれませんが、わたしは次の3つを意識します

1 心を開くメッセージ
禅宗の言葉(前後)に「挨拶」という言葉があり、問答を交わして相手の悟りの深浅を試す「一挨一拶」からきているそうです
「挨」には「押しひらく」「互いに心をひらいて近づく」という意味があり、
「拶」は「迫る」「擦り寄る」という意味があるようです

あいさつとは「出会ったもの同士が互いに心をひらき、相手に迫る」ことでしょうか
あいさつをするというのは、「わたしはあなたに心をひらきます」と示すメッセージかな

2 相手への感謝と、生きていることの自覚
「あいさつは『あなたはご大切なひとなのですよ』と伝える最良の手段であり、お互いが、お互いのおかげで生きていることを自覚し合う、かけがえのない機会なのです」
これは、渡辺和子氏著『置かれた場所で咲きなさい』にある文章です
「わたしは今、生きています」
「あなたは、この瞬間、この世界で共に生きる、大切な人です」というメッセージです
ある意味、信頼申し上げるというメッセージであり、1の心を開くと似た意味になりますね

3 よりよい人間関係づくりの礎
生物は外部からの刺激に対して反応します
生きている証です
「おはよう」とあいさつして、元気よく「おはよう!」と返す人もいれば、「おはょぅ・・・」と小さい声で返す人、中には反応を感じられない人もいます
これらはすべて、こちらからの刺激に対して、何かしらの反応をしています
「反応なし」も「反応」です
つまり、あいさつすることで、今相手がどのような状態かを知ることもできます
気分よく今を迎える人もいれば、暗い気持ちで今を迎える人もいます
どのような状態であっても、今という同じ時間や、ここという同じ空間を過ごすのであれば、せっかくなので相手の状態を知り、相手との人間関係をよりよくできる積極的な方法として、あいさつは大切でしょう
2の渡辺氏の言葉にもあるように、「あなたを認めていますよ」「会えて(逢えて)よかったです」という意味や、「わたしはここにいるから何かあれば声をかけて」という意味も含まれると感じます


おとなになってあいさつの大切さを体感したわたしは、あいさつはとても大切だとあたりまえに考えます
そう考えていても、「あいさつできない失礼なやつ」と感じさせている方がおられたならごめんなさい

また、あいさつは、相手から返ってこなくてもよいと考えます
わたしがそうであったように、子供たちには、説明して納得させるより、こちらの姿であいさつのよさを体感してもらえればと思っています ※言葉での説明(お話)も並行しておこないます

そのために、あいさつをするときの3つのポイントを意識していきます

1 表情・・・やはり笑顔がよいですね
2 視線・・・恥ずかしがらずに相手の目を見られたらよいですね
3 音量・・・相手に届けるための大きさの声がよいですね 大きすぎず小さすぎず

こうやって文字にしてふり返ると、わたしはまだまだうまくできていないなぁ・・・
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
行事予定
1/18 第3学年保護者会1日目
1/19 第3学年保護者会2日目

学校だより

相談室より

インフルエンザ様式

その他感染症様式(インフルエンザ以外)

学校からのお知らせ

PTAからのお知らせ