最新更新日:2024/05/17
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校訓 天資養活 自他共栄  本校の特色を活かし、保護者や地域のみなさんと連携しながら、一人一人の生徒が「勇気をもって」一歩踏み出せる学校をめざします
出中 校訓
出中 校舎
砺波市立出町中学校
住所:〒939-1366
富山県砺波市表町18番29号
TEL:0763-33-2329
FAX:0763-33-2330

第98号 東京2020オリンピック・パラリンピック

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賛否両論の東京2020オリンピックが閉幕しました
史上最多の33競技339種目が開催され、アスリートたちの本気の姿や、勝負の世界の難しさの一面を目の当たりにした17日間でした
そして、ネットのコメントに、誰かの責任を追及したり、誰かをけなしたりという、人間のもつ一面を改めて強く認識させられた大会でした

その中でも個人的には、サッカー競技における久保建英選手の姿が強く印象に残っています
準決勝でスペインに敗れたあとの姿と、3位決定戦でメキシコに敗れたときの姿の違いに、いろいろと考えさせられました

上の写真は3位決定戦のメキシコ戦で、試合終了後にみせた久保選手の人目をはばからずに号泣する姿です
日本は1−3の完敗でした
ピッチに突っ伏した久保選手は、なかなか起き上がりません
しばらくして座り込んでも、涙は止まりません

試合後のインタビューで彼は語ります
「今日、勝つと決めてきて、グループリーグで勝っていた相手だったので、結果論ですけど、どこかで気の緩みがあったかもしれないですし、ちょっとこのゲームの重みが自分たちには理解できなかったのかなと思います」
インタビュアーから「ただ、最後までチームとして疲れのある中でゴールを目指す姿勢が伝わってきました」と言われ、
「そんなものは何もならない」
「結果、相手も疲れているなかで3点取られて、こっちは1点しか取れなくて、試合が終わって」
「もうこんなに悔しいことはないし、ちょっときついですね」

「(FIFAワールドカップカタール2022 に向けて)次のチャンスが自分にあれば、しっかりと今度こそ勝利に貢献したいですけど・・・・・・本当に今日の負けは重いなと思います」
「(このチームでやってきて)めちゃくちゃ楽しかったですけど、結果として手ぶらで家に帰ることになりますし、いままでサッカーだけをやってきてこんな悔しいことってないし・・・・・・この気持ちを忘れないようにできればと思います」
「ありがとうございました・・・」


東京五輪の目標を問われるたびに、冷静な口調で「出るからには勝つつもりでいくのは、どの大会でも変わりません」と繰り返してきた久保選手
準決勝でスペインに敗れ、金メダルの夢を絶たれた際には、一切涙を見せず淡々とインタビューに答えた久保選手
「(試合の感想は)何もないですね。出すこと全部やって負けたので、涙も出てこないですし」
「なんでしょう・・・まぁ次(3位決定戦)ですね」
「(スペインは)うまかったし、強かった」「自分たちもしっかりプラン練って挑んだつもりですけど、あと一歩及ばなかったです」
悔しさは感じられましたが、彼の言葉通り、そこに涙はありませんでした


3位決定戦は、東京2020オリンピックでの、オリンピック日本代表の最後の試合であり、日本サッカー界としてメキシコオリンピック以来の銅メダルをかけた戦いでもありました
結果は完敗。※スペイン戦も点差以上にその差はあった気もします・・・
金メダルを目標に臨んだ東京2020オリンピックは、4位
久保選手がいろいろなものを自身で背負い今大会に臨んでいたのだと感じました
彼にしか分からない想いがそこにはあるでしょう
その想いそのものは分からなくても、本気でオリンピックにかけて、プレーで見せたその姿勢は、わたしに多くのことを考えさせてくれました


この後、8月24日(火) 〜 9月5日(日)に東京2020パラリンピック(22競技539種目)が21会場で実施される予定です
地元出身の宮島選手が車いすバスケットボールに出場される予定です

第97号 安全第一

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7月22日〜24日の休日、土曜休業を含めた夏季休業は41日間
そして、今日は20日目
生徒のみんなは元気に過ごしているでしょうか?
特に報告は受けていませんから、それぞれがそれぞれの夏季休業を過ごしているのだろうなと、みんなの元気な姿を思い浮かべます

夏季休業に入る前の7/19に、富山県砺波警察署交通課企画送致係長様をお迎えし、交通安全についての集会を実施しました ※記事はこちら
交通ルールの徹底を図るためです

「自転車の危険の原因はどこにあるのか」「なぜ交通ルールを守らなければならないのか」と、いくつもの問いを生徒に投げかけられ、生徒たちがそのことを考える姿が思い出されます
新型コロナウイルス感染症感染対策のため、2年生が体育館で、1・3年生はリモートで教室での参加のかたちでしたが、出中生は考えていました

その中で、わたしは係長様の次のふたつの言葉がとても印象に残りました

・自分で判断すること
・ルールを覚えるのではなく、危ないことをやらないセンスを磨くこと

このふたつは交通安全にとどまらず、危機管理として重要な点を示唆していると感じました

出中生のみんなは自分で判断し、危ないことをしないセンスを磨けているでしょうか。
まずは、わたし自身がそうあろうと思います。

夏季休業中で生徒たちの姿が見られないからか、ふと集会のことを思い出しました。

残りの夏季休業も、安全第一で。

第96号 8月9日 11:02

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今日は、ながさき平和の日(長崎原爆忌)です
1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、アメリカ軍のB29爆撃機が原子爆弾ファットマンを投下し、長崎市松山町の500メートル上空で爆発
広島に次いで史上2番目の原子爆弾投下によって、当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人の市民が亡くなられました

10:45から「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」(長崎平和祈念式典)が行われました
今日の式典では、この1年に亡くなった被爆者など3202人の名前が書き加えられた18万9163人の原爆死没者名簿が納められました

日本で生活する者として、意識したい日だと思っています

被爆者代表の岡信子さん(92)が「平和への誓い」を読み上げられましたが、聴いていて涙が止まりませんでした

黙祷


岡さんが読み上げられた平和の誓いの全文は、次の通りです



平和の誓い

ふるさと長崎で93回目の夏を迎えました。大好きだった長崎の夏が76年前から変わってしまいました。戦時下は貧しいながらも楽しい生活がありました。しかし、原爆はそれさえも奪い去ってしまったのです。

当時、16歳の私は、大阪第一陸軍病院大阪日本赤十字看護専門学校の学生で、大阪大空襲で病院が爆撃されたため、8月に長崎に帰郷していました。長崎では、日本赤十字社の看護婦が内外地の陸・海軍病院へ派遣され、私たち看護学生は自宅待機中でした。8月9日、私は現在の住吉町の自宅で被爆して、爆風により左半身に怪我(けが)を負いました。

被爆3日後、長崎県日赤支部より「キュウゴシットウセヨ」との電報があり、新興善救護所へ動員されました。看護学生である私は、衛生兵や先輩看護婦の見様見真似(みようみまね)で救護に当たりました。3階建ての救護所には次々と被爆者が運ばれて、2階3階はすぐにいっぱいとなりました。亡くなる人も多く、戸板に乗せ女性2人で運動場まで運び出し、大きなトラックの荷台に角材を積み重ねるように遺体を投げ入れていました。解剖室へ運ばれる遺体もあり、胸から腹にわたりウジだらけになっている遺体を前に思わず逃げだそうとしました。その時、「それでも救護員か!」という衛生兵の声で我に返り頑張りました。

不眠不休で救護に当たりながら、行方のわからない父のことが心配になり、私自身も脚の傷にウジがわき、キリで刺すように痛む中、早朝から人馬の亡きがらや、瓦礫(がれき)で道なき道を踏み越え歩き、辺りが暗くなるまで各救護所を捜しては新興善救護所へ戻ったりの繰り返しでした。1週間後、大怪我をした父を時津国民学校救護所でやっと捜すことができました。「お父さん生きていた! 私、頑張って捜したよ!」と泣いて抱きつきました。

父を捜す途中、両手でおなかから飛び出した内臓を抱えぼうぜんと立っている男性、片脚で黒焦げのまま壁に寄りかかっている人、首がちぎれた乳飲み子に最後にお乳を飲ませようとする若い母親を見ました。道ノ尾救護所では、小さい弟をおぶった男の子が「汽車の切符を買ってください」と声を掛けてきました。「どこへ行くの?」と聞くと、お父さんは亡くなり、「お母さんを捜しに諫早か大村まで行きたい」と、私より幼い兄弟がどこにいるか分からない母親を捜しているのです。救護しながら、あの幼い兄弟を思い、胸が詰まりました。

今年1月に、被爆者の悲願であった核兵器禁止条約が発効しました。核兵器廃絶への一人一人の小さな声が世界中の大きな声となり、若い世代の人たちがそれを受け継いでくれたからです。

今、私は大学から依頼を受けて「語り継ぐ被爆体験」の講演を行っています。

私たち被爆者は命ある限り語り継ぎ、核兵器廃絶と平和を訴え続けていくことを誓います。

2021年(令和3年)8月9日

被爆者代表  岡 信子

全日本合唱コンクール富山県大会 8/8

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全日本合唱コンクール富山県大会に合唱部が出場しました

KYRIE

アンソロジーI ー女声合唱とピアノのためのー
〜序・泣いているきみ〜

日頃の成果が発揮できるよう、がんばりました

結果は金賞

代表は逃しましたが、よくがんばりました

応援ありがとうございました

第95号 8月6日 8:15

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「私たちには使命があります。」

今年度の広島平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)の「平和の誓い」は広島の小学6年生 宅味義将さん、伊藤まりあさん のこの言葉で始まりました。

今日は、「広島平和記念日」「広島原爆の日」です。
76年前の1945年8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機エノラ・ゲイが、広島市上空で世界初の原子爆弾リトルボーイを投下しました。
市街は壊滅し、約14万人が亡くなられました。
広島原爆投下の日です。

「私たちは 犠牲になられた方々を 決して忘れてはならないのです」
「私たちは 悲惨な過去を繰り返してはならないのです」
「誰もが幸せに暮らせる世の中にすることを 私たちは絶対にあきらめたくはありません」

これらは「平和への誓い」で語られた言葉です(※この記事の最後に全文があります)
滔滔と語る二人の姿を見て、本校の生徒たちは、今日の日のことをどれくらい知っているのか気になり、突撃インタビューを行いました。
対象は、部活動で朝から登校した生徒36名です。
「今日は何の日でしょう?」
「広島に原爆が投下された日」と回答した生徒は15名(約41.7%)でした。
わたしの質問の仕方が悪く、「ハム(86)の日」と答えてくれた生徒もいました。
※実際今日は、「広島平和記念日(広島原爆忌)」の他に、「ハムの日」「World Wide Webの日」「雨水の日」「太陽熱発電の日」「ハンサムの日」のようです。

1945年8月6日という日や、1945年8月9日という日を知っていることが重要なのではありません。世界で唯一の被爆国である日本に生活するものとして、原爆投下の事実や多くの被害者が出て、今なお苦しんでいる人がいることを知り、意識することが重要だと考えます。

黙祷

8月9日は、長崎原爆の日です。




※以下は、こども代表の「平和の誓い」全文です

平和への誓い

私たちには使命があります。
あの日、広島で起きた悲惨な出来事。
そのことを知り、被爆者の方々の思いや願いを聞き、考え、
平和の尊さや大切さを、世界中の人々や次の世代に伝えなければならないのです。
昭和20年(1945年) 8月6日午前8時15分。
赤く燃え、真っ黒に焼け焦げてボロボロになった広島の町。
「兄が死ぬより、わしが死んだ方がよかった。」
大切な人が亡くなった悲しみと生き延びた者の苦しみには終わりがありません。
心に深く傷を負った被爆者は、それでも前を向き
「僕ら若人の力によって、きっと平和な世界を築き上げてみせる。」と決意しました。
悲しみや苦しみを抱えながらも、被爆者の方々は生きることを決して諦めず、
共に支え合い、広島の町の復興に向け立ち上がりました。
本当の別れは会えなくなることではなく、忘れてしまうこと。
私たちは、犠牲になられた方々を決して忘れてはいけないのです。
私たちは、悲惨な過去をくり返してはいけないのです。
私たちの願いは、日本だけでなく、全ての国が平和であることです。
そのために、小さな力でも世界を変えることができると信じて行動したい。
誰もが幸せに暮らせる世の中にすることを、私たちは絶対に諦めたくありません。
争いのない未来、そして、この世界に生きる誰もが、心から平和だと言える日を目指し、努力し続けます。
広島で育つ私たちは、使命を心に刻み、この思いを次の世代へつないでいきます。
令和3年(2021年)8月6日

こども代表
広島市立袋町小学校6年 伊藤まりあ
広島市立五日市東小学校6年 宅味義将

第94号 夏季休業中

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夏季休業中ですから、日中は普通教室にいつものような出中生の姿はありません。
ただし、校舎内では熱中症対策で換気をしながら空調を効かせた教室で活動している部がいくつかあります。

理科室では情報科学部の生徒が、グループ毎の取組について協議していました。
途中で今までの取組をふり返り、今後の方針を考えています。
現在の各グループの状況を発表し、その内容について質問や意見が出されています。
違う視点の意見は、ずっとそのことに没頭しているものにとってとても参考になります。
また、これからの取組を言葉で表現することで、やっていくことが自分自身にとっても、より具体的で明確になります。

ちょっと大げさですが、これは研究・調査だけでなく、人生にも言えることだと思います。
行けるところまで突き進んで、ニッチモサッチモいかなくなってからその対処法を考えるという人生もありますし、情報科学部がやっていたように、今の取組について自信をもって突き進むためにも、立ち止まってこれまでをふり返り、未来を見据える人生もあります。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っているということはありません。
人生は人それぞれですから、いろいろあってよいと思います。
若いうちに、いろいろな考え方ややり方に触れて、それを自分の未来に活かしてもらえればと思っています。
大切なのは、自分で決めることです。

情報科学部の活動の様子はほんの少ししか見ませんでしたが、何だか頼もしく感じました。
何だか理科教師の心が刺激されました。

家庭科室では生活クラフト部がグループ別に製作活動をしていました。
古着を利用した浴衣風洋服、メイド服、部の目標のキルトなど、わいわいと作業しています。
楽しみながら複数で折り合いをつけながらものをつくるという作業を通して、多くのことを学んでいるようです。
こちらも頼もしく感じました。

この他の部活動も、本気・根気・元気で活動に取り組んでいます。
新型コロナウイルス感染症感染予防対策、熱中症対策と、安心・安全に留意しながらの活動です。


教職員も子供たちのように、いつもとは違う夏季休業中の時間を有効に使えているでしょうか。
いつもより自分で使える時間が多いはずですから、普段できないことにチャレンジすることも、普段時間をかけられない家庭のことをすることも可能であり、工夫次第です。
もちろん、心身共に休息を取ることも大切です。
教師としての自己研鑽は、あえて言うまでもありません。
個人的にはこの夏季休業中に、いつも以上に読書します。
出版関係者は昨今教育書が売れないと嘆いているという記事をどこかで読みました。
今の教師はネットで情報を収集し、書籍(教育書)を購入しないと…。
残念ながら、わたしの今の読書対象は教育書ではなく、ノンフィクションものだったり、古典だったりするので、教育書の販売促進には貢献できませんね。
謝ることではないですが、ごめんなさい。

まだ、夏季休業は半分以上あります。
※誤解を招いてはいけないので申し上げますが、夏季休業中は生徒が休みであって、教師は日頃できない研修や諸々の出張、事務処理など、みっちり業務をしております。

NHK全国学校音楽コンクール富山県コンクール 8/4

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NHK全国学校音楽コンクール富山県コンクールの中学校の部で、出町中学校合唱部が 金賞 県代表 となりました。
10月に行われる東海北陸ブロックコンクールに出場します。

応援ありがとうございました。
よくがんばりました。

次の日程で、コンクールの様子が放送されます。

★変更★ 9/7(火)14:00〜16:00 NHK FM 
9/8(水)〜12(日)18:00 TST(となみ衛星通信テレビ)

「富山県コンクール」HPはこちら

「Nコン」公式HPはこちら

北信越中学校総合競技大会 2日目 その5

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バスケットボール競技 女子
試合が終了しました

45-69 中野平中学校(長野)
(1Q 10-21,2Q 4-14)
(3Q 18-23,4Q 13-11)

最後まで、よくがんばりました
応援ありがとうございました

北信越中学校総合競技大会 2日目 その4

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バスケットボール競技 女子
第3クォーター終了

32-58

がんばれ

北信越中学校総合競技大会 2日目 その3

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バスケットボール競技 女子
前半終了

14-35
(1Q:10-21,2Q:4-14)

まずは第3クォーターで挽回だ!

北信越中学校総合競技大会 2日目 その2

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バスケットボール競技 女子
中野平中学校との対戦です
そろそろ始まります

がんばれ!

第93号 勝負

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北信越中学校総合競技大会が始まっています。
昨日は、わたしが陸上競技、○○教頭がソフトテニス競技、□□教頭が陸上競技を応援してきました。柔道競技は学校関係者も観覧不可のため、心の応援です。

とにかく朝から暑い日でした。
陸上競技場では、記録用に持って行っていたタブレットが、「高温注意」の表示が出て、使えません。
「温度が下がってから使用してください」などと、こちらの事情を分かってくれないメッセージです。
まあ、そのような環境で使用しているわたしが悪いのですが…。

トラックやフィールドで本気で競技に取り組んでいる中学生たちを観ていると、出中生ではなくても泣けてきました。
満足いく結果を出せて喜ぶ中学生、満足いかない結果となり悔しがる中学生、本気でやりきる人の姿は、見ているものの心を動かします。
この日、この瞬間のために根気強く努力してきたのだろうなぁと想像されます。

部活動の顧問をしていた頃、全国大会、北信越大会、県大会等での敗戦の後には、選手を慰労する気持ち、まわりへの感謝と共に、この一瞬に今までの時間があったのだよなぁと、表現できない不思議な気持ちになったことを思い出します。
決して、今までの努力は、試合における勝負の結果だけでなく、人生そのものにいろいろな影響を与えていることは理解しているつもりなのですが。

今行われているインターハイの試合結果をマスコミ等で見たときも似た気持ちになります。
また、賛否両論の中実施されている東京2020オリンピック・パラリンピックの様子をみているときもです。

2日に行われたレスリング男子グレコローマン60キロ級決勝戦。
文田健一郎選手が、決勝でルイスアルベルト・オルタサンチェス(キューバ)に敗れ、初出場で銀メダルを獲得しました。
レスリングをよく知るわけではないですが、勝手に文田選手は優勝するだろうと観ていた試合でした。

試合後、文田選手は号泣します。
「こらえながらの慟哭」と表現してもよいかもしれません。


まずは大会の開催と運営に協力してくれた人、テレビの前で応援してくれた人、全員に感謝したいです。
本当にありがとうございます。
東京のマットで戦いたいと思ってやってきました。
不甲斐ない結果に終わってしまって申し訳ないです。

彼は涙を流しながらインタビューに答えます。

今回のオリンピックを通して、たくさんの人に応援されていることを改めて実感しました。
期待に応えきれなかったのが悔しいです。


泣けました。
第7号にも書いた、冬季オリンピックの上村愛子さんのインタビューを観たときと同じ状況です。

決してこのようなことはスポーツだけではないのですが、勝敗というはっきりとした結果が出るもの(コンクールも含めて)では、劇的なドラマがたくさんありますね。

今日は、北信越中学校総合競技大会の2日目。
わたしは、バスケットボール競技女子、○○教頭は卓球競技の応援へ行きます。
また、昼からは、合唱部が出演する、NHK全国学校音楽コンクールの応援へも行きます。

がんばろう出中生!!
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北信越中学校総合競技大会 1日目 結果

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熱い中、出中生は健闘しました

○ソフトテニス競技
 女子団体 1回戦 1−2 巻東中学校(新潟)

○柔道競技
 個人 1回戦 2年 一本負け 上田第四中学校(長野)

○陸上競技
 男子共通棒高跳 3年 9位
 女子共通走幅跳 3年 10位
 女子共通砲丸投 3年 13位

応援ありがとうございました

北信越中学校総合競技大会 1日目

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今日から3日間の会期で、富山県を会場に北信越中学校総合競技大会が開催されます。

11:00現在、富山県総合運動公園陸上競技場では摂氏36.5度と、厳しい暑さです。

1日目に出町中学校が出場する競技・種目は、ソフトテニス競技 女子団体戦、柔道競技 男子個人戦、陸上競技 女子砲丸投、男子棒高跳、女子走幅跳です。

各会場で、がんばっています

第92号 七十二候「大雨時行」たいう ときどきに ふる

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今日も朝から暑い日です。
図書室では合唱部が明後日8/4のNHK全国学校音楽コンクール富山県大会に向けて、歌唱練習前に楽譜を読んでイメージを膨らませていました。
空調を効かせて、熱中症予防を施しています。
明日から始まる北信越中学校総合競技大会では、新型コロナウイルス感染症感染対策だけでなく、屋外の競技もありますから、体調管理には気をつけなければなりません。
「少し雨が降れば涼しくなるのに」と思いますが、週間天気予報を見ても傘マークはありません。

ふと気付けば、今日8/2から「大雨時行」です。
昔からこの時季は、台風や夕立などにより、大雨が降るのでこのように名付けられたそうです。
気象情報で「ゲリラ豪雨」という言葉を聞きますが、わたしはあまり好きな言葉ではありません。
そもそも、「夕立」と「ゲリラ豪雨」はその定義が違うので仕方のないことなのですが・・・
夕立は、どこか涼を感じさせる言葉です。
「ゲリラ」という外来語が使われるということは、以前はなんと読んでいたのか気になり調べてみました。夕立は夏に降るにわか雨の呼び名ですが、この他にもいろいろ呼び方があるようです。

「肘笠雨(ひじがさあめ)」
急に降ってきてカサがなかったり、開く暇がなかったりして、ヒジを傘代わりにするから。

「篠突く(しのつく)雨」
篠竹を束ねて突き刺すように降る雨の様子から。
そして、光って見えたら「銀竹(ぎんちく)」。
もう少し細く、光る矢のように見えれば「銀箭(ぎんせん)」。

その細分化された呼び名に驚かされます。
昔の日本人の、豊かな感性を感じます。

「白雨(はくう・しらさめ)」
夏であっても急激に発達した積乱雲の最上部は氷点下に達し、そこで凍った水滴が白い雹(ひょう)として降るようすや、まわりが白くなって見えないほどの大粒の激しい雨だから。

「雨飛(うひ)」
風に吹かれて飛んでくる雨粒が弾丸などに見えるから。

夕立ではなく、ゲリラ豪雨と呼ばれる以前、日本各地で使われていた呼び名も見つけました。

東京都八丈島の「脅し雨」。
山形県西置賜郡の「大抜け」。
長崎県南高来郡の「婆威し(ばばおどし)」。

そして、群馬県沼田市周辺の「山賊雨」。
これは、「山賊」のように荒々しく降り、被害をもたらすということではなく、田んぼで稲を刈り取っているとき、遠くから雷鳴が聞こえ、まだ降らないと作業を進めていたが、三束も作らないうちに激しく雨に降られた様子を表したそうです。
三束を音読みして「さんぞく」と・・・。
そうです、ダジャレです。
お茶漬けを三杯食べないうちにやってくるから「三杯雷」という地方もあるそうです。

夕立だけでなく、夏の雨にも名前があります。
農業を営む人々にとっては夏の日照りによる作物への被害を防いでくれる雨をプラスと捉え、「慈雨」「喜雨(きう)」「錦雨(きんう)」と、呼ぶ地域もあるようです。

出中生のみなさん、今度夕立に遭ったら、自分なりに名前をつけてみましょうか。

※参考図書:「雨の名前」高橋順子 著 小学館
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中部日本吹奏楽コンクール富山大会 金賞 8/1

本日の第64回中部日本吹奏楽コンクール富山大会 中学校大編成の部

本校吹奏楽部は、金賞でした

応援ありがとうございました
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中部日本吹奏楽コンクール富山大会 8/1

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本日は第64回中部日本吹奏楽コンクール富山大会 中学校大編成の部 です

本校吹奏楽部は、2番目に登場し、次の2曲を演奏します

課題曲B 空軍士官候補生
自由曲  森の贈り物

自分たちの演奏を思いっきり楽しんでほしいと思います

がんばれ!

第91号 想いが見える

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生徒のいない学校。
特に午後の校舎内は、ひっそりとしています。

1、2年教室は机いすもなく、一層寂しい感じです。

3階へ上がれば、夏の日差しが屋上を暖め、その熱気がフロア全体を包んでいるようです。

ふと、グラウンドへ目をやると一人の生徒が鉄棒で懸垂らしきことをしています。
すぐに、グラウンドの鉄棒へと向かいました。

遠くからは分からなかったのですが、2年生の○○さんでした。
「何しているの?」と問うと、「筋力アップです」と元気に答えてくれました。
「筋力アップの向こうには何があるの?」と再度問うと、
「うーん・・・。全中出場でしょうか。」と返してくれます。

○○さんは来週に北信越大会を控えています。
出場する種目では既に全国大会への出場選手が決まっているので、今、彼が取り組んでいる筋力アップの向こうに見据えているのは、来年度の全国中学校体育大会ということになります。
「熱中症には気をつけてください」と声をかけるわたしに、「はい!」とさわやかな返事。
○○さんの表情がとても輝いて見えました。
きっと○○さんは、来週の北信越大会での自身の結果も、今観ていると言っていたオリンピックの映像も、来年度の目標に向けてのエネルギーにするのだろうなと感じました。

スポーツの力。
そのひとつは、勝利や自己ベストを目指し、今の自分をストレートに表現するその姿勢が、観るものに力を与えられることだと思います。

これはスポーツばかりではありませんね。
何事であっても、ひたむきに、本気・根気・元気で取り組む人の姿は、まわりの人が応援したくなるものです。

来週は北信越大会。
その前に明後日は中部日本吹奏楽コンクール富山県大会があります。
それぞれに出場、出演する出中生たち。
自分たちの力を精一杯発揮してほしいです。
いつも応援しています。

第90号 縁

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昨夕に、2人のお客様が来校されました。
アメリカ国籍の〇〇先生と、オランダ国籍の◇◇先生です。
上の3枚の写真は、昨年度7月の本校ホームページの記事で掲載された写真です。

〇〇先生には、昨年度7月まで本校でALTとして勤務していただきました。
私は今年の4月から校長として赴任していますから今年度はすれ違いですが、教頭として本校に勤務している際に、〇〇先生は来日され、本校へ赴任されました。
それが私と〇〇先生との出会いです。
冬の雪が激しく降る中で、〇〇先生の自家用車が富山市で故障して、夜中に助けに行ったこともありました。(✳︎もう時効だから書いてもよいでしょう・・・)
そういったことも含めて〇〇先生は、帰国する前に挨拶したいと思われたそうです。

オランダ国籍の◇◇先生は、別の中学校で教頭をしているときに、その学校へ赴任してこられて出会いました。
ALTは初めての仕事であり、分からないことや不安なことが多い中での初任地だったため、心細かったこともあったでしょう。
持ち前の明るさで、生徒と積極的に関わりながら英語の学習をサポートしていただきました。

2人とも優秀な方であり、今後も日本で、富山で学校教育に関わってほしい方でした。
その2人が同じタイミングで日本を離れることとなり、〇〇先生も、◇◇先生も、わたしに直接挨拶したいと思われたそうです。
ありがたいことです。

1年前に出中生は〇〇先生との出会いを大切に思い、お別れの際に感謝の気持ちを表現しました。
恩義を感じ、謝意を伝えることは、大人も子供も、どの国の人間であっても同じなんだと感じます。

縁とは誠に不思議なものであり、大切なものだと感じます。

アメリカやオランダへ行く機会があれば、今度はこちらから会いにいかねば・・・。
〇〇先生、◇◇先生、お元気で!
今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。
7/30に帰国されます。

第89号 未来につながる今

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グラウンドでは、熱中症対策のために朝早くからサッカー部や野球部が練習をしています。
校舎内では、近付くコンクールに向けて、合唱部の美しい歌声が響いています。
夏季休業に入って、今日もいつもの学校とは違う雰囲気です。
まだ、夏季休業がスタートしてそんなに日がたっていませんが、生徒たちは元気に過ごしているでしょうか?

教職員は昨日の研修に引き続き、今日は健康診断です。
授業がないこの期間は、研修や健康診断など、生徒が登校しているときには時間を取りにくいことを中心に、学校は動いています。
日頃の激務で疲労が蓄積しているため、心身共にリフレッシュすることもそのひとつです。

新型コロナウイルス感染症拡大による影響で、新しい生活様式が続いています。
今何をするのか、生徒もおとなも自分で考え、実践することが大切だろうと思います。

「僕は一歩ずつ階段を上っていくタイプだと思います。急激にすごい数字を残すとか、すごい技術を身につけるとか、そういうことはないでしょう。一進一退を繰り返しながら、ちょっとずつ進歩していくしかないと思います。そして、きっちり階段を上っていくためには、「夢」というような大きな目標だけでは足りません。今年の目標、今月の目標、今日の目標と、まずは身近な目標を立てるようにしています。目標は数字ではなく、具体的な行動にした方が目安になります。」(※「中学生の道徳 じぶんをのばす3」廣済堂あかつき より)

これは、元プロ野球選手 松井秀喜さんの言葉です。
松井さんは、自分で決めて、具体的に目標を立て、最後までやりきる人だったとまわりの人が言います。
・夢に向かっては一進一退を繰り返しながら、ちょっとずつ進歩していくしかない
・具体的な行動を意識する
やはり、こういう方々の言葉は説得力があります。

今日も粛々と、今やるべきこと、今やれることに取り組んでいきます。
それが未来につながります。
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行事予定
1/24 令和4年度入学説明会

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